では、どんな教科書なのか、コンセプト、特徴などについてお伝えしましょう。
■作成において大切にした考え方
プロフィシェンシー(熟達度)を重視した教科書です。CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)やOPI(オーラル・プロフィシェンシー・インタビュー)などの考え方をもとに、行動主義に基づいて作成されました。教科書の「本書をお使いになる方へ(p.2)」を抜粋してお伝えしたいと思います。
「できる日本語」シリーズは、「自分のこと/自分の考えを伝える力」「伝え合う・語り合う日本語力」を身につけることを目的にした教科書です。日本語によるコミュニケーションの中でも「対話力」に重きをおき、人とつながる力を養います。
「できる日本語シリーズ」は、作成段階から教育現場で、長年かけて「対話」を重ねて
作られてきました。作っている教師と授業で使った教師との対話、学習者と作成者との
対話……さまざまな対話が繰り広げられました。
また、接触場面を大切にし、常に「実際の場面ではどのような日本語が使われているの
だろうか」ということを考えながら作成していきました。
■タテ軸で全体像を描いてからスタート
『できる日本語』シリーズの大きな特徴の一つとして、全体像を描いてから作ったこと
が挙げられます。初級を作って、「じゃあ、次は中級を作ろう」といった教科書開発で
は、一貫性に欠けたものになりがちです。学習者にどんな力を身につけてほしいのかを
縦軸でしっかり考えた上で、作り始めました。表1に全体のタイトルが書かれています。
1課を取り上げてみましょう。1課の共通テーマは「出会い」です。初級1課は、まだ
日本語を始めたばかりですから、まだ「名前・趣味・国・年齢」などしか言えません。
しかし、初中級、中級になると……。表2を見て、各レベルの行動目標を比較してみて
ください。次第に、行動目標が難しくなっていくのがお分かりになると思います。
次に、表3をご覧ください。レベルが上がるについて、最初は自分を中心にした狭い社
会から、次第に広く、深く関わりを持つようになってくるのです。これはまさにOPI
の考え方につながります。
周りの社会との関わり方に関しても、レベルが上がるにつれて変わっていくことに
よっても見えてくるのではないでしょうか。
■本書の特徴
いろいろな特徴がありますが、代表的なものを8つ挙げると、次のようになります。
1) 行動目標(Can-do-statements)が明確である。
2) 場面・状況を重視し、さらに言語的知識も大切にしている。
3) 学習者にとって必然性のあるタスクである。
4) タスク先行(まずチャレンジ!)で進める。
5) 文脈化を大切にしている。
6) 「固まりで話すこと」を重視している。
7) スパイラル展開を重視している。
8) 「他者への配慮」のある談話となっている。
では、1つずつ説明を加えていきます。
1)行動目標(Can-do-statements)が明確である。
表2でも示しましたが、課の行動目標が明確になっています。さらに、スモールトピックやタスクごとに「できること」が記されています。
(※初級=3つのスモールトピック、初中級=2つのスモールトピック、
中級=4つまたは5つのタスク)
2)場面・状況を重視し、さらに言語的知識も大切にしている。
表3の「初級6課」スモールトピック1「一緒に行きませんか」をご覧ください。ここに課の行動目標とスモールトピックの「できること」が出てきます。これを学ぶに当たって、まず場面・状況を提示します。では、教科書102~103ページをご覧ください。ここでは見にくいものになっていますが、どうぞ実物と照らし合わせながらお読みいただければ、と思います。
左側(102ページ)は、状況イラストです。上に小さく3か国語で「教室でクラスメイトを誘っています」とありますが、授業ではこの説明は必要ありません。イラストを見ながら、「そうかこんな場面・状況での発話なんだ!」と理解します。
表3には「学習項目」が書かれていますが、スモールトピックでは「こんな場面で、こんなことを学ぶのだ」ということが一目瞭然化されているわけです。
3) 学習者にとって必然性のあるタスクである。
学習者にとって、「人を誘う」というタスクは必然性のあるものと言えます。では、毎日何時に起きますか/寝ますか」という文は、いったいどんな時に使うのでしょうか。
面接の時にも聞かないでしょうし、ある状況のもとでの会話と言えましょう。でも、基本的な動詞として初級の早い段階で学ぶことが求められます。そこで、考えたのがイラストの工夫です。
「毎晩、何時に寝ますか」(③)といった質問を、実際の生活場面でどんなときにするでしょうか。それは、このイラストにあるように、学校の休み時間にぐっすり寝込んでいる仲間に対して発するからこそ意味があると言えます。ただ、文型練習として「毎晩、何時に寝ますか→12時に寝ます」と会話練習をしても意味がありません。そこに必然性を持たせることが重要であると言えます。
4)タスク先行(まずチャレンジ!)で進める。
「まずチャレンジ!」ですが、最初に文型を導入して、「では、この文型を勉強しましょう→では、使ってみましょう→会話にしてみましょう」というやり方ではなく、とにかく自分の知っている日本語を使って、やってみることを意味します。では、初めて過去形が出てくる5課を使ってご説明しましょう。
学習者は、まず状況イラストを数分見た上で、次のコマイラストに行きます。教師は、このイラストを見せて、「さあ、アンナさんは何と言いますか」と学習者に発話を促します。学習者はまだ基本動詞の過去形は勉強していないので、次のような発話が出てきます。
学習者①:パクさん、日曜日、どこへ行き、行きますか。
学習者②:公園へ行きます。バーベキューをします。
「状況イラスト」を見ているので、このイラストは昨日のことを言っていることは学習者にも分かります。そこで、次のようなことが頭の中で起こることになります。
「ああ、なんて言えばいいんだろう?今は月曜日の朝。だから、日曜日のことを言うのは過去形。でも、日本語で、過去形って、どうするんだろう?分からない」
次の段階は、「じゃあ、聞いてみましょう」とCDをかけます。すると、「行きましたか/行きました/しました」という言葉が聞こえてくるわけです。このことを学習者自身が発見することがベストですが、それができなくても大丈夫です。そこから文型の練習が始まります。
5) 文脈化を大切にしている。
再び、表3の6課の全体像を見てください。スモールトピック(以下、STとします)1では、友達を誘います。誘ったら、次に何をするでしょうか。まずは、友達の意向を聞くことが大切です。だから、次のST2では、形容詞の比較を学ぶのです。そして、いよよST3では「約束をする」ことになります。こうした課の中の文脈化、さらにはSTの中の文脈化を大切にして作成していきました。
文脈化に関しては、簡単な説明にとどめます。どうぞ皆さまご自身でいろいろ発見してみてください。STの中で、課の中で、さらにはレベルを超えて随所に「文脈化」が見られます。教科書は静的なものではなく、自分で何かを発見したり、クリティカルに捉え直したり、主体的に関わることができる動的なものだからこそ意味があるのだと思います。
6) 「固まりで話すこと」を重視している。
「固まりって、いったい何を意味しているのだろうか」と疑問をお持ちの方も多いと思います。まず、「本書をお使いになる方へ」p.3を引用したいと思います。
また本書の一つの目標として、段落構成力を身につけることがあります。初級から
〈1文→羅列文→段落〉と「固まりで話すこと」を意識しました。一般的に初級の学習では1文または2分程度のやりとりが中心になっていますが、本書では初級の段階から、できるだけ文と文をつなぎ、「ある程度の長さで自分のことや自分の考えを伝えることができる」ようになることを目指しています。
本シリーズを通して学習していく中で、学習者は日本語で「自分のこと/自分の考えを伝える」「他者と伝え合う・語り合う」ことの楽しさを十分に味わうことができるでしょう。
初級では、やりとりが中心であり、「固まりで話す」というとスピーチのようなときに
意識されることが多いようです。そうではなく、常に「固まり」を大切にした教育を心
がけたいと考えました。
そのために初級・初中級では【話読聞書】というコーナーを設けました。これは、読解
のためではありません。初級のスタート時点から、「固まりで話せる」ことをめざした
のです。しかし、最初から、長く、たくさんのことを話せるわけではありません。そこ
で、右側にあるように、簡単な質問を積み上げて、「固まりで話す」ことにつなげてい
きます。こういった学びを毎課していくことで、たくさんの「話す引き出し」が頭の中
にできていきます。
なお、中級では【話読聞書】ではなく、タスクの1つである「伝えてみよう」が同じ働
きをしています。詳しくは「本冊中級の説明」でお伝えします。
では、先ほど例に挙げた初級5課の【話読聞書】をご紹介しておきましょう。【話読聞書】とあるように、第一目的は「固まりで話す」力を養うことですが、同時に作文にしたり、友達や教師が書いた文を読み合ったりしながら、読む力も身につけていきます。
7) スパイラル展開を重視している。
表1、表2をもう一度ご覧ください。レベルを超え、テーマがスパイラルに展開していることがお分かりいただけると思います。さらに、スモールトピック(ST)1で学んだ文型が手を変え、品を変え、何度でも少しずつ何度を挙げて出てきます。また、それが次のST2につながり、ST3へとつながっていくという工夫をしています。一つ7課ST2から例をあげてみましょう。
ここでは、パーティーの準備で何かを頼んだり指示したりすることが必要なので、「~てください」を学びます。そのことを知ってから、しっかりテ形を導入し、練習をしていくことになります。では、この状況イラストと①~⑤のコマイラストは、どのようにスパイラルに組み立てられているでしょうか。
① パク:すみません、ワンさん、サラダを作ってください。
ワン:はい。
② パク:ナタポンさん、このパンをナイフで切ってください。
ナタポン:はい。
③ カルロス:パクさん、カレーの作り方を教えてください。
パク:はい。
④ メアリー:ダニエルさん、お皿を取ってください。
ダニエル:どのお皿です。
メアリー:そのお皿です。
ダニエル:ああ、これですか。はい。どうぞ。
メアリー:ありがとうございます。
⑤ メアリー:アンナさん、塩を取ってください。
アンナ:どれですか。
メアリー:それです。
アンナ:ああ、これですか。はい、どうぞ。
メアリー:どうも。
「~てください」を学ぶに当たっても、ただ繰り返すのではなく、少しずつ新しい学習項目を増やしていき、何度も繰り返しながら「~てください」を使っています。さらに、発話も、少しずつ長くなっていっています。
8) 「他者への配慮」のある談話となっている。
他者への配慮に関しては、1つだけ例を挙げることにします。あとは、文脈化同様、使いながら発見していってください。
7課「友達の家で」のST2は「パーティーの準備」でした。準備が終わればいよいよパーティーが始まります。そこで、ST3は「みんなで楽しいパーティー」となります。
そこにこんな会話が見られます。会話といっても、いわゆる「お口の練習」です。そんな練習であっても、できるだけ談話の形にし、他者への配慮を示すものにしたいと考えています。
4.例1)A:サラダはまだありますか。
B:はい、まだあります。どうぞ。
A:ありがとうございます。
例2)A:ビールはまだありますか。
B:すみません。もうありません。ワインはどうですか。
A:いいですね。
例1では、Bさんが単に「はい」と答えたり、「はい、まだあります」で終わるのではなく、「どうぞ」を付け加えるだけで、やりとりの雰囲気は変わってきます。
例2では、「ない」ことを伝えなければなりませんが、「もうありません」と事実だけを伝えるのではなく、「ワインはどうですか」と他の選択肢を伝えるだけで、会話に深みが生まれます。
まだまだお伝えしたい特徴がたくさんありますが、とりあえずこの辺にして、また別のところでお伝えしたいと思います。