実践報告&現場の声

2018年 浜松日本語学院 特別講演会報告

2018年3月21日(水・祝)に、第3回浜松日本語学院主催『できる日本語』特別講演会が実施されました。タイトルは「『できる日本語』でつくる『学びの共同体』~より良い学校創りをめざして~」でした。

特別講演に続き、実際に使っている学校の教育責任者によるパネルディスカッションもあり、全国から大勢の方が参加してくださいました。特にパネルディスカッション後半のフロアーとの質疑応答タイムでは、本音でのやり取りがたくさんあり、終了後も、アチコチで真剣に話し合いが行われていたのが、印象的でした。今回の目的の一つに「『できる日本語』ネットワーク」を作ることがありましたが、現場でたくさんの点が線となり、面となっていくことを実感できるものとなりました。

これからもこうした「つながり」を大切にした会を重ねていきたいと思っています。どうぞ皆さまも「ご縁」を大切に、ネットワークを広げていってください。また、サイト「できる日本語ひろば」もさらに充実させてまいります。どうぞご活用ください。

今回は、金沢から参加くださった白石佳和さんから、参加報告レポート作成のお申し出がありました。白石さんは、「現場の声⑨:学習者も教師も成長する『できる日本語』」を書いてくださっています。(http://www.dekirunihongo.jp/?p=876) そちらも合わせてご覧ください。これからも教師同士の協働を大切にし、「わくわく授業」の輪を広げていきたいと考えています。

では、当日使用した資料および参加報告レポートをご紹介いたします。

◆特別講演会「なぜ、どうやって『できる日本語』は誕生したのか?」

嶋田和子(アクラス日本語教育研究所 代表理事

◆パネルディスカッション「もっと知ろう!『できる日本語~明日の授業のために~』

◆参加報告レポート「「学びの共同体」は私たち自身が創ろう
−「できる日本語シンポジウム」に参加して−」

白石佳和(大原簿記法律観光専門学校金沢校 日本語学科主任)

 2018年3月21日(水)13:30〜16:30、浜松情報専門学校8Fホールにて、「『できる日本語』でつくる「学びの共同体」」というテーマで、嶋田和子先生の特別講演会が開かれました。前半は嶋田先生のご講演、後半は『できる日本語』(以下、『できる』を制作したイーストウエスト日本語学校、『できる』を採用している友国際文化学院、会場校である浜松日本語学院からの実践報告を交えたパネルディスカッションが行われました。寒の戻りで風が強かったですが、200名ほどの席はほぼ一杯に埋まっており、熱気あふれる1日でした。
 『できる』にひきつけて私の略歴を簡単にお話したいと思います。私は『できる』初級発売の3ヶ月前2011年1月から『できる』の使用を開始しました。江戸カルチャーセンターの教務主任をしていた2010年末に『できる』の説明会を聞き惚れ込んで採用を決めました。たぶん、イーストウエスト以外で『できる』を使い始めた最初の日本語学校だったと思います。その後、2013年にOPIの資格を取得し、友ランゲージアカデミーに移り、新設グループ校の友国際文化学院の副校長を任され、そこでも『できる』を中心に教育を組み立てました。2016年6月から東京のエリート日本語学校で働き始め、そこでもカリキュラムデザイン改善の過程で『できる』を採用しました。(千駄ヶ谷日本語教育研究所の養成講座でスタートした)私の日本語教育人生の半分以上を『できる』と歩んできた私にとって、今日のシンポジウムは人一倍感じ入るものがありました。妻も日本語教師で、勤務先で『できる』を採用していることから、二人でかけつけることにしました。
 さて、前半の嶋田先生のご講演は、「なぜ、どうやって『できる日本語』は誕生したのか?」というタイトルで、『できる日本語』が誕生した背景、プロセス、8つの特徴などの説明があり、最後によりよい実践に向けてのまとめがありました。具体的な内容は資料をご覧いただきたいのですが、教育現場における「教師の声」、即ち学習者が実際に出会う場面で学べる授業が求められ、そのために学内の教師研修を充実させていったことと、世界の言語教育の潮流を取り入れた新しい日本語教育の必要性が重なり、それを同時に叶えるような教科書作りが行われたことなどが語られました。『できる日本語』が初めて世に出たのは2011年4月ですが、ちょうどその前後に日本語能力試験がCEFRの考え方を基にして改定されました。
 先生の話の中で私が一番心に響いたのは、『できる』の作成過程で大切にしたことが「対話」であり、『できる』を使う際に大切にしたいことも「対話」だ、という点です。『できる』は10年近い年月をかけて「対話」を続け生まれたと聞きました。また、私も自分の所属する教育機関で使う際に、同僚との対話の大変さを痛切に(文字通り痛みを伴って)感じています。
 後半のパネルディスカッションでは、まず3つの学校から実践報告があり、その後会場の方と報告者、嶋田先生を交え活発な質疑応答がありました。
 まず、イーストウエスト日本語学校の高見先生からの報告は、授業のヒントや教師の学び・協働性・同僚性のアイディアが詰まっていました。私は『できる』を使い始めた当初、嶋田先生にお願いして、何度も学校を訪問し授業を見学させていただきました。そのとき、授業だけでなく学校の雰囲気や教員たちのコミュニケーションの様子が本当に「学び」となりました。高見先生の資料9Pには、「教員室での何気ないおしゃべり」とありますが、私はここが大変参考になりました。専任が積極的に「今日の授業はどうでしたか」と授業担当の先生に丁寧に話しかけ、そこでの「対話」が担当講師の振り返りとなりまた専任を通じて情報が共有され次の方針に活かされます。また、学生の作品がいたるところに掲示されたり地域のボランティアの方が学校を出入りしたりする風通しのよさが、学校の活力となっていました。教室内だけでなく社会とつながることが意識できるところが、私がこの教科書で本当にすばらしいと思う特徴の1つです。
 次の友国際文化学院の金子先生の発表は、私とともに作った学校の現況を知ることができとてもうれしかったです。「ICTを活用した21世紀型の教育」という教育理念のもと、chromebookという廉価なPCを学生全員に貸与し、評価を工夫した実践です。ぜひ資料をご覧ください。
 養成講座を含めた浜松日本語学院の責任者である松葉優子さんのご発表は、新任教師もベテラン教師も『できる』について理解できていないところがそれぞれあるので、それを「対話」によって相補的にお互い補完し合うことが必要で、そこから「学びの共同体」のための取り組みをどうするか、という報告がありました。特に印象に残ったのは、『できる』の「深読み」の面白さです。たとえば、『できる』初級L11ST2のバス旅行のトピックに、「〜ないでください」という文型が取り上げられていますが、2つのタイプの「言ってみよう(本冊)」があります。私はよく同僚に「これはどういう違いがあるんだろうね。どうやって教えてる?」と聞くのですが、それがいい対話になります。私もちょっとわからなくなると、「イーストウエストの高見先生に聞いてみようか」と対話を広げてみます。こういう学びの共有ができるところが、『できる』のよさでしょう。松葉さんの「深読みのススメ」、大賛成です。
 フロアからの質問はとても活発でした。とある専門学校の理事長の方の学校運営や経営の立場からは、「友国際文化学院の通信簿のような評価表は入管や進学先の大学などに提出する場合も使うのか」「学生全員にPCを貸与するための予算はどうしたのか」などの質問がありました。また、学生の就職先企業の方からは、「教科書を『できる日本語』に変えたことによってJLPTの結果などが目に見えて変わったか」などの質問がありました。また、名古屋や福岡の日本語学校の専任の方からも、教師の協働性に対する報酬などについて熱心な質問がありました。
 私の前任校であるエリート日本語学校からは、『教科書を変えるタイミングはどうやって決めているのか。当校ではうまくいかなかったようなのだが』という、私にとっては耳の痛い質問が来ました。これまで使っていた教科書を変更する場合、もちろん教師同士の対話が重要ですが、学習者のニーズに合わせたり学校の方針を見直したりなど、学校創りのいろいろな要素が絡んできます。
 私はこれまで、『できる日本語』を使いながら3つの学校に関わりました。そのとき大変だったことのひとつは、「学びの共同体」を作っていく、ということです。
 そのことは実は、学校運営と関わる部分があります。たとえば日本語学校で行う教師研修や勉強会。これは交通費が出るものなのか、研修は先生ご自身が受けたいのか学校側が受けさせたいのか、それによって、誰がお金を出すのか、変わってきます。同じクラス担当の教員がミーティングを行うほうがいいことはわかっていますが、自発的に集まることが可能でしょうか。教員が作成した小テストやプリントはボランティアで学校に提供するのでしょうか。教務の責任者は、「学びの共同体」を作っていくための時間やお金の捻出に頭を悩ませます。
 また、教員のモチベーションの問題もあります。専任教員でも非常勤講師でも、学ぶことが好きな人、別の好きなことがあり日本語教師はただの稼ぐ手段でしかない人、ある程度家族全体で収入が安定しやりがいを求めボランティア精神あふれる人、などいろいろな方がいます。日本語教師としてのビリーフもさまざまです。文法シラバスに慣れ成功体験があれば、タスクベースの教授法に躊躇するのも無理はありません。そのような多様な方々が集まる中で、どのように「学びの共同体」を作っていけばいいのでしょうか。
 まずは旗振り役になった人ががんばるしかありません。それは教務主任などの責任者だけでなく非常勤講師の方であってもいいと思います。とにかく、『できる日本語』のよさを理解し「使ってみたい」と思ったら、自分が主体的になってこだわりを持ち、ネットワークを広げてたくさんの人を対話に巻き込みながら「学びの共同体」を作っていくということです。「学びの共同体」が成熟する過程で教科書も替わり教師も変わっていくのではないでしょうか。嶋田先生のお話の最後にあった「スリーハット人間」にならねばなりません。ただ単純に『できる日本語』を使い始めたら、欠席する人が減り授業が楽しくなるわけではないのです。「学びの共同体」をつくっていく不断の努力こそ、『できる日本語』を使いこなすコツであり魅力だと思います。
 今回のシンポジウムでは、日本語学校同士が『できる日本語』を通じて、学校内の「学びの共同体」を超え、さらに大きな「学びの共同体」を作るきっかけができたのではないかと思います。私は思いがけず浜松で、友国際文化学院・エリート日本語学校・イーストウエスト日本語学校・横浜デザイン学院の先生方やOPIの同期と会うことができ、『できる日本語』の学びの輪がこんなにも大きくなっていたのだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。またこうやって『できる日本語』についてぶつかりあい語り合う(=対話する)日を楽しみに待ちたいと思います。

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